今日のお話しは、ちょっとボンヤリモヤモヤさせちゃうかもと思います。
もちろん私自身に起きた事についてではありますが、私にはその知識が全くないので、あくまでも「私の場合はこうでした」という単なる例としてだけお聞き下さい。
それでも、全部を書くには長すぎるうえ、記憶が曖昧だったり、もしかしたら妄想の部分があったり、時系列がおかしかったり、なるべくそのままを分かりやすく端的に、端折っても伝えられるようにしたつもりが逆に分かりづらくさせてしまっている所があるかもしれません。
※この記事で分かって頂きたいのは病気や症状についての事では無いので、そこは勘弁して下さい。
また、メンタル系に限らずどんな種類の病気であったとしても、人間ででもこの子達ででもそうなのですが、同じ診断名がついているのに、その症状の出方や処方されるお薬が違う、同じお薬を処方されていても効きが全然違う等という事はよくあります。
よくある事ではあるのですが、特に今回はメンタル系のお話しなので、お読みいただくどなかたがそういうワードで過敏になってしまったり、不安になってしまったり、感情を揺さぶるきっかけとなってしまったり、それが回復の妨げになるような事になってはいけないので、病名や薬品名は一切出しません。
タイトルにあるように私は「鬱の状態にある」と診断されましたが、ついた疾患名は「うつ病」ではありません。
これ以降(私の知識不足により)誤解を招くような表現があったとしても、それは、「うつ病」に関しての事ではなく、あくまでも「私に起きたうつ状態の症状」についての事ですので、どうか、その病気自体やその病気と向き合っている方達へのそれでは無いとご理解下さい。
本当はもっと先で「あの時はこうだったんです」と完結編としてお話しできる事が一番の理想ではありますが、それがいつになるのか分からない、果たしてそんな日がくるのだろうかと今の私にはそのビジョンが描けていないのが実情だったりして…でも、ちょっと、そのせいで活動や業務に支障が出始めているその中で、やはりご自身や周りででもそういう経験がある方にはバレるんでしょうね…
ご心配の声を頂くようになってしまいまして…
お一人ずつへの返信が滞ってしまっているのがまだ回復には至っていないという事の証明みたいであれなのですが、今の私の状態をきちんとお話ししておかなければいけないなと、全然まだ不安定な状態なままではありますが、近況報告的なものをここできちんと(中途半端にはなりますが)お知らせさせて頂く事にしました。
※ご注意ください、先ほども書きましたが、メンタル系のお話しです。
読んでいてフラッシュバックを起こしちゃうかもしれない心配がある方は今ここで、
読んでいる途中で苦しくなりそうだ、引っ張られそうだと感じたら、すぐに、その場でブラウザを閉じて下さい。
そういう症状をお持ちの方はもう重々に分かっている事とは思いますが、人の話しを聞くのもしんどい時って、ありますからね。
いつか、「あぁ、こういう人もいるんだ」とか「この人はこうなんだ」程度にサラっと流せるような精神状態になったら、また、遊びに来て頂けたらなと思います。
それまで、お互い、ゆっくりゆっくり過ごしていきましょう!
今はまだ私自身もその渦中にあるから、上手く言葉を続ける事が出来ませんが、きっとあなたも頑張りすぎてしまっているのであろう事だけは分かります。
その難しさは私も身をもって現在進行形で感じている最中ではありますが、どうかご自身に無理を強いる機会が減らせますよう、「もう少し頑張ってみよう」が追い込みのつらい言葉ではなく、 かつてそうだったように、励ましの言葉の一つでしかない単なる掛け声に戻るその時まで、どうかどうか、自身の心と体を休めてあげる事に努めて下さいね。
ご自愛ください。
では、始めさせていただきます。
死にたいとは思ってないでも「死ななきゃ」と解決策が自分が死ぬこと以外には無いと思うようになっていった(うつ状態)
なんでもかんでもコロナのせいにするわけではありませんが、「そのせいで」と言ってしまっても過言ではない状況にあるのは皆さんが同じだと思います。
何も変わらずそれまで通りの生活を続けられている人の方が少ないですよね、きっと。
そんな中で、私の生活の中心であるこの子達のこと、「保護活動」におけるあれこれも一変しました。
長い保護活動者生活の中で「このままいったら大変な事になる…怖い」と思う事が初めてこんな長期間に渡って毎日毎日続きました。
私たちは常に、何か問題が起こりそうだと感じた時には「何が起きてもすぐに動ける(対処できる)ように体制を整えておくこと」と「何も起きないようにせめて声をあげ続けること」をします。
「します」というより、「それしか出来ない」が正しいのですけれども、その数が尋常じゃない勢いで増え続ける中、「だからそれはダメだって」「そういうのは止めてくれ」と根本から抑えたり、正さなければ、そこから更にトラブルが増え続ける事が容易に想像できるあれこれが日本全国あちらこちらで起きていました。
保護活動者というのは、あくまでも保護をする事しか出来ない単なる一般人です。
保護を必要とする子を出さないために、そういう事にならないように、という私たちのそれは「保護活動の一環」として受け入れてはもらえず、単なるお節介として拒絶されたり、商売の邪魔だと怒られたり…毎日、毎日、起きる色々に朝から晩まで対処して、その都度または立て続けに「何様のつもりだ」と言われ、自分の無力さを思い知らされ続けると流石にきっと誰でも心が折れかけるんじゃないかと思います。
そうして、折れかかっている時に、「ほら、だから言ったじゃないか」って、「そうなる事が分かっていたから、だから、やめて欲しいとあれだけあれだけお願いしたのに…」な出来事を目の当たりにして、多分、そこで私は折れた…折れていたんだと思います。
おかしい事には気が付いてるから自分は大丈夫なんだと思いこんだ結果が招いた異常な思考(うつ状態の悪化)
もちろんそれはコロナのせいだけでは無く、かと言って何がどうとか誰がどうとかでも無く、ホルモンのバランスが崩れ始める年齢に差し掛かっている事、頭に大きなケガをしたその後遺症(の可能性)なども含めそれら私を取り巻く全ての事がタイミング悪く一気に降りかかってきただけなんだと思います。
例えばその一つに私は若き日に「落ち込みやすい性格なだけです。病気ではないから頑張りましょう」と言われ(それが誤診だったとかそういう話は今は置いておくとして)「だから私は大丈夫」だと思えるマインドに長年ありました(そのせいで病気の発症を数年の間ずっと見逃してきてしまった可能性があるそうですが、それも今は置いておくとして)。
だから今回もいつものように、その時点でもうキャパオーバーになっているとは考えもせず、「またいつものあれだ」とその状態を気楽に考え、自分にはできる事がまだまだたくさんあるはずだと積極的に動いているつもりでいました。
(というより、数日~数週間単位で動けたり動けなかったりを繰り返すのが私の病気の特徴だそうです。)
体が鉛のように重く全く動けない時と、それでも、怠けてしまった分を取り戻さなきゃと動ける日があって、でも、どんどん動けない日の方が多くなっていく中である時から「頭」も動かなくなっていきました。
常に頭にモヤがかかったような状態で、「私が保護活動をしているから保護が必要な子がでるんだ。もう保護っ子を出さないためには私は死ななきゃいけない。」って、そればっかりを、何故かそれだけはクリアに頭にあるような状態になりました。
ただ、それがおかしな考えである事、そんな自分は明らかにおかしい状態にある事、が分かっている自分もちゃんといました。
私が「死ななきゃいけない」と突然そう思い込み始めたそれは
たまたま今、病気が発覚したというだけで、本当は何年も前に発症していたかもしれない、それに気付かず悪化させてきてしまった結果の(希死念慮を飛び越えた)自殺念慮ではないかと言われました。
※希死念慮とは、自らの死を願う気持ちであり、その程度の強弱は幅広い。「ずっと眠りたい」、「消えたい」など消極的に死を意識する心理状態も含まれる。逆に、程度が強く、自殺を明確に意識する場合は自殺念慮と呼ばれる。(帝京大学溝口病院 精神神経科より引用)
要するに、病気によるただの一時的な脳のバグです。
だから、あなたも死んではダメなんですよ!!
頭が動かないとは
「いたちのおうちさん、これをお願いします」ときたメールが、何日かけても読めなくなりました。
文字が頭に入ってこないというか理解できないというか、本当に「読めない」のです。
でも私はそれがおかしい状態だと分かっているから悟られまいと「時間がなくてメールの返信が遅れてすみません。今、電話でお話ししましょう」と嘘をつきました。
そういう頭は働くのです。
ですが、いざ「話し」になったら、それも理解できませんでした。
話が頭に入ってこないのです。
聞こえないわけでは無いのに、言葉たちが頭を通過していってしまうような感じで頭に何も残らないから、「質問に答えるだけ」という単純なやりとりさえあやふやになっていました。(※これについては自覚はなく、後からそう聞きました。)
また、それまでずっと何気なく毎日の日課として楽しんでいたTwitterの投稿が、その時期には、自分がおかしい状態にある事を気づかれてはいけない、いたちのおうちは何も問題を抱えていないというアピールをしていなければいけないという思い込み(妄想)から、「私はまだ平気な振りをしていられる」と自分で自分の確認をする「義務の場所」みたいになっていました。
たった140文字を考えるのに毎回、何時間もかかりました。
一日数回のそれは、時間をかければちゃんと出来ていました(多分)
でも、それらにせっかくもらったコメントは読むのが精一杯で「ちゃんと考えて返事を書く」ことが出来ませんでした。
もちろん、タイムラインは見られる状態にありませんでした。
「死ななきゃいけない」はずっとあるから
保護を出さないために自分は死ななければいけないと思ってはいても、今現在、警察署からの預かりっ子たちがいます。
その子達を預かりさんに任せているその期間に死ぬのはとても無責任だとそれは分かっていました。
だから、その子達を全員無事に里子に出せてからをその日にしようと決めていました。
「動ける日」の私は、その日に向けて動こうとするようになっていました。
カードの解約をしよう、クローゼットの物を捨てよう…そう思いつきはするのに、いざそう動こうと思ったら、何をどうしたら良いのか「判断」が出来ない状態で何時間もそうしていたり、そうかと思えば急にそんな自分が情けないからなのか何なのかは分からないけど、不安で不安でソワソワソワソワ座っていることが出来ないほどの焦燥感にかられてどうにもならなくなったり…
「どうしよう、どうしよう」と、何に対して何を「どうしよう」なのかも分からず、ただそうやってブツブツ言いながら何時間も家の中をウロウロしている日もありました。
これらも全部、頭が正常に動かなくなっている「うつ状態の症状」だそうです。
死ななきゃいけないのに死んだらいけないというその状況になのか、それがうつ状態の特徴なのか、私は毎日イライラするかクヨクヨするか、そのどちらかの状態に常にあったような気がします。
その頃の私は、知人との会話中に突然「もうあなたとは会いません。だからこの話はここで止めましょう」と一方的に関係ごとバッサリ切ってしまうような事を言うようにもなっていました。
ただそれでも、死ぬことを考えている自分がおかしい状態にある事はずっと分かっていたので、その事だけは決して口にはしませんでした。
何度も言うことではありませんが、そういう頭は働くのです。
それは、そういう(自分には何も起きていない)振りが出来る時間がヒョコっと持ててしまう私の病気の特徴でもあるそうです。
病気になりました、だからできません。と言えるので…っていうか、ちゃんとそう話して助けてもらうしかないので
ちょっともう長くなってしまいましたが…って、それはまぁ、前からの事だからあれなのですが、今日の場合のこれは「頭が働かない」という症状の現れです。
これは今現在も会話中でもまだ時々そうなるのですが、話している途中から、自分が何を話しているのか分からなくなるのです。
それでもお陰様で私には薬が合っているらしく、少しずつ効果がでているようで「死ななきゃ」と焦る気持ちになる事はもう無く、何となくでもまともな思考を保っていられる時間が徐々に増えてきているように思います。
この記事は6月の終わりに書きだし始めました。
何となくまともな時に少しずつ書き進めて今やっとここまできました。
そのさ中、長い活動者生活の中でトップレベルにあたるどえらい事が起きましたが、多くの皆様の協力を得て、事なきを得ました。
事が解決したのはもちろんですが、あの一件で(あの時点でこのお話しをしたわけではありませんが)多くの皆さんとお話しが出来た事、「ちゃんと自分の役目が果たせた」と思えた事は、私が病気と向き合う中で、自分は今ちゃんと回復傾向にあるんじゃないかと大きな自信になりました。
いつもブログをお読み頂いている方にはお分かりかと思いますが、私は、言いたい事が言えない、いわゆる「鬱になりやすい」と言われる内気なタイプではありません。
大昔の診断で「うつの状態になりやすい(落ち込みやすい)タイプ」と言われてからは、自分なりにそういう自分の性格とも上手く付き合ってこれているという自信もありました。
小出し小出しにその都度、胸の内を吐露できる友達や家族もいてくれています。
それでもこうなりました。
病院で初めて「あなたは病気です」と言われた時、正直に言うと安心しました。
私がおかしいのは病気のせいなんだ。
病気なら治るんだ、治せば良いんだ。
って思いました。
※「治る」という表現が適切かは分かりませんが、正しい治療を続けて「普通の生活を取り戻すことは可能」だと、お医者さんが言っていました。
ありがとうございます。もう、大丈夫です。
冒頭でも書きましたが、気付く方は気付くんですね。
「非常に言いづらいのですが」などとして、病気じゃないかとDMを下さる方が何人かいてくれました。
「昔の自分と同じように見えて」などなどでご自身と同じ病気じゃないかとDMを下さる方もいてくれました。
皆さん、「病院へ行ってみてください」と言ってくれていました。
ありがとうございます、ちゃんと通院中です。
本当は、お一人お一人にお話しするべきなのでしょうが、それが出来ず、すみません。
触れられて嫌だったから無視してるとかそんな事では決してなく、何度も書いているままの通り、今はまだ話がうまく出来ないだけなのです。
今はまだ「判断を即座にする」などに自信がないため、色々と時間がかかりますが、「どうしたら良いと思う?」と相談できる人が私の周りにはたくさんいてくれています。
そのうちの一人は「あなた」です。
私は「周りにもっと頼る」を覚えたし、「病気だから頼るしかない」と自覚を持つことが出来ました。
だから、いたちのおうちも私も大丈夫です。
全てが今まで通りとはいかないかもしれませんが、出来ない事は出来ない事として、そのお陰で、「みんなを巻き込んだ保護活動」が少し見えたような気がします。
「保護を必要とする子が出ないペット社会にするためには」
そのために、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
健やかなニョロニョロ生活を☆彡