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保護ボランティアが言うと炎上【神様に祈るだけでは本質的な問題を解決することはできません】ダライ・ラマの名言

投稿日:2017年2月5日 更新日:

いたちのおうちに「行政による野犬の一斉捕獲に反対する署名活動の協力のお願い」なる書類が届きました。

目を通すと「捕獲された野犬は殺処分されてしまう事が明白です!だから断固として反対しなければいけないのです!!」というような事が、過去に多くの行政がしてきたという「ひどい事」の事例とともにたくさん書いてありました。

以前所属していた某かの動物愛護団体の仲間からなのかもしれませんが、それに差出人はなく、都内からの消印で遠く離れた土地への「返送」を促すその書類が、なぜ東京の「いたちのおうち」にきたのかは不明です。

3回ほど読み返して、スタッフとも話し合い「この署名活動には協力しない」と決めました。

それが、殺処分を止めさせるための嘆願書なら署名をしました。

行政の捕獲を中止させる代わりの代替案、きちんとした、その代わりにこうするのだという、その子達に対する確定された保護活動内容や約束事が書いてあれば署名活動に協力する事も考えたかとは思います。

でも、野犬の一斉捕獲をしようとしている「行政への反対運動に協力してくれ」というだけのその書類に署名は出来ません。

行政のそれを今回やめさせたところで、「次」の動きが決まっていなければ、問題は何も解決していないのだから、その子達は宙ぶらりんのままです。

そういうパフォーマンスじみたものへの署名には協力さえしません。

いたちのおうちはフェレットの保護活動をしている愛護施設です。

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何をもって「保護」とするのか

もちろん、殺処分なんてものには断固として反対です。

言霊(ことだま)を重んじる仕事…一応、占い師の私は「殺」はもちろん、「処分」だなんて言葉を「命」に対して使う事自体がとても恐ろしい事に思います。

これまで、数か所の動物愛護団体や保護活動に参加してきて、その中で培ってきた私の保護活動の対象は動物たちです。

これは「殺処分をさせないための活動」ではなく、「理不尽な目に遭わされる動物たちがいなくなるような活動」がしたいと思っているという事です。

今は「一匹でも多くのフェレットが幸せに暮らせるように」という、とても小さな願いにも似た気持ちだけでフェレットの保護活動をしています。

今はもうありませんが、数年前に同じ方針を掲げるフェレットの保護団体が出来た時には、私も個人としてそこへ所属しました。

その話しを昔の仲間にした時、「(個人で細々とやってるのとは話が変わってくる)某かの団体に所属するのなら帰ってこい」と言われました。

マンションとはいえ、ペット可物件であった私の家をあてにしたかったんだと思います。

犬や猫ボラの多くは、例え一匹二匹(頭)分だけだとしても一時預かりが出来るスペースは常に確保しておきたいものですから…

私の「フェレットのための活動をする」という言葉は「他の動物は見殺しにするって捉えて良いんだね?」と返され、散々罵声を浴びました。

でも、私が決めた私に出来る事、「私のしたい保護活動はそれ」ってもうそこは揺るがないのです。

愛護も保護もただのエゴ

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イキイキした「保護活動」は根暗な私にはむいてない

私はずっと「動物保護団体なんてものが無くなる事が私の思う理想のペット社会だ」って言ってきました。

ちょっと表現が乱暴なので誤解されがちですが、これは今ある保護団体に喧嘩を売っているとかじゃなくて、「保護を必要とする動物がいなくなる=みんなが幸せに暮らしている」と同意語だとご理解頂ければと思います。

大事な事だからもう一回言いますが、私の活動の対象は動物たちなのです。

死んだ猫は放置したままの「活動」

その昔、ひどい飼育現場だと通報があったお家へ猫のレスキューに行った事があります。

あばら家みたいなそのお家は一目で分かるゴミ屋敷でした。

パっと見てそれと分かる猫の亡骸を、平気でまたいで部屋へ入って行くことができなかったのは、私ともう一人だけでした。

その人と2人で棺になるような箱をどこだったかにもらいに行っている間に「家の中が汚すぎて部屋じゃ話が出来ないから」と、飼い主さんを外へ連れ出した皆は、道端で大きな声でそのお爺さんを責め立てていました。

お爺さんは「野良猫が集まってきているだけで自分の猫ではない」と言いました。

その後の流れはあまり覚えていませんが、帰りの車の中でお爺さんの懲らしめ方をこれでもかとばかりに話し合っていた皆がイキイキとして見えたのは覚えています。

猫ちゃんのためにもらってきた段ボール箱は「そんなの私たちには関係無いでしょ!何しに来たと思ってんのよ!」って怒られながら、お爺さんに「よかったら使って下さい」と託してきました。

その次の会議ではそのお爺さんを行政にどう処分させるか、この活動を対外的にどうアピールしていくかばかりをイキイキと話し合っていました。

私はその団体での活動に参加するのを辞めました。

「こんなに可哀想なんです」と犬たちを見世物みたいにする「活動」

ある団体では、保護下にある

前足の片方が膝までしかない犬

ひどい皮膚炎の犬

尻尾や耳が壊死した犬

そういう犬たちの写真集(カレンダーだったかな)を作って募金を集めようと話しあっていました。

有名なカメラマンを知っているとか、印刷会社の社長と知り合いだとかってイキイキと会議をしていました。

だから「撮影までは治療をしないように」と一時預かりのボラさんに電話をするよう私は命じられました。

そんな活動は出来ないと言って、その場でその団体を辞めました。

もちろん、そうして集めた募金が「その後の保護活動」に役立つお金になるって事は理解できます。

そのお金で救える命が増えるんだって事も分かってはいるのですが、そのために今のその子達に対して「可哀想な状態を維持させておく」ために治療を受けさせない(または中断させる)なんて事が「私には」出来ないと思ったから辞めたというだけの話しです。

そういう活動の仕方や方針を否定するつもりはありません。

あくまでも「私は」なお話しです。

※上記の団体は二つとも、

今はもう活動していない(団体名が変わっただったか分裂しただか消滅した)と風の噂で聞きました。

「その子のために具体的に何かをする」のが、いた家がしたい「保護活動」

「保護活動」には色々あります。

例えば、レスキューが必要なニョロリンがいたとして、その子が正式な新しい飼い主さんに出会えるまで、保護団体をたった一回通しただけ、一人の一時預かりボラさんを介しただけでそこへたどり着ける事もあれば、あちこち何人ものボラさんを介さなければならない事情の時もあります。

それは、はた目に見たら「たらい回し」に見えるかもしれません。

本来なら無い方が良い事だとは思います。

でも、その皆が「その子のために」そうする事が良いと思っての行動。

それがそういう結果になっただけって、私はいつも、そういう時にはそうやって思うようにしています。

その時間が長ければ長いほど、介在した人間が多ければ多いほど「その子が幸せになるように」と動いてくれた人がいる。

その分だけ、そういう気持ちが、たくさんその子に注がれるんだって思うようにしてるんです。

今までだって、その子のためにレスキューに向かってくれた人、自分の保護下には置けないと判断して里親さんを一生懸命個人的なツテを使って探してくれていた人、その子のためにと新品の飼育セットをお嫁入り道具に買ってくれた人、数日だけしか無理だけどと言いながらその間に病院通いをしてくれていた人、何も出来ないけれどと言ってその子の為にお金の寄付を申し出てくれた人、、、

その全部が上手くかみ合わなくても、繋がらなくても、そうやって、みんな皆それぞれの優しい気持ちは繋がっているから、その子が幸せになるための「みんなの保護活動」だったって思う事は何度もありました。

保護活動というのは、そうやって、その子が幸せになるようにって具体的に行動する事を言うと思うんです。

何もしないなら黙ってろ!とまでは言わないけれど、せめて邪魔はしないで欲しいと思ったりする

「心配で」「気になって」も分からなくは無いのですが、目的の見えない「その子は今どうしてるんですか?」は、実際に行動しているボラさん(直接の保護担当者)の手をわずらわせているだけの場合が多く、何にもしていないというかむしろ邪m…

「その子の幸せを祈ってます」は当たり前の事で、具体的に何かをするから保護「活動」だって思います。

「心配で」とか何とか言ってコソコソと嗅ぎまわるように集めた上っ面の情報…

ひどく偏っていたり、時には間違っているそれを、得意げにアッチコッチへ垂れ流している人というのは、だいたい「その子のために」具体的な事は何もしていなかったりします。

そういう人は最後に必ず「その子の幸せを祈ってます」って言います。

本当に毎週教会へ行ったり、お百度参りをして祈ってくれてる人もいるのかもしれません。

でも、私がこれまでそうして出会った諜報活動系祈ってますの人は大概、関係無い所で騒いで引っ掻き回しているだけで、本当は「その子の」心配なんて何もしていない保護ボランティアと名乗る人達でした。

多分、どこの団体でも「その子のために使って欲しい」という寄付の申し出を断る事はありません。

それが身内ならなおさらです。

募金を募ることはしないと決めているいたちのおうちでも

特定の名目がある寄付金は有り難く頂戴してきました。

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個人ボラさんでも「それは断ります」なんて話は聞いた事がありません。

「その子のために何も出来ない」なんて事は無いのです。

「その子のために何もしていない」ならいた家の保護活動とは言えないって、いたちのおうちでは考えています。

まとめ

いたちのおうちは小さな個人の施設です。

出来る事は少ししかありません。

だから、自分達が出来る事を具体的に分かっています。

でも、だから出来る事はできる限りお手伝いさせて頂きます。

その子の為に何もできないならそれを活動とはいたちのおうちでは言いません。

その子の為に何をするのかが分からない活動の協力は、いたちのおうちは出来ません…しません。

いた家はこれからも、その子のために具体的に何かを出来る位置にありたいと思います。

どんだけ雁首揃えたって、祈ってるだけじゃ…

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TABI LABO「神様に祈るだけでは、問題は解決しない」ダライ・ラマの発言に考えさせられる(仏・同時テロ)

アイキャッチ画像と半日がかりで「どっちにしようかなあ」って、悩んだ続きのコマも載せてみます。

ベルセルク

画像引用元は『ベルセルク 21巻 断罪編 生誕祭の章 「縋る者踠く者」』です。

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誤解無きようお願いします

皆さまが保護っ子の幸せを祈って下さる気持ちは大変に有り難く、嬉しい事です。

今日のお話しは「保護活動」を謳う人間がそれをやっちゃダメだろ!それで済ませちゃダメだろ?!って、私が思っている事というだけのお話しですので、くれぐれも誤解なきようよろしくお願いいたします。

健やかなニョロニョロ生活を☆彡

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