フェレット
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巷で話題のアレ

声が聞けたらアニマルコミュニケーションかって言われたら「そうじゃない」んだなぁ、これが

最近、ポロポロとそういうお話しをさせてもらう機会があったので、ここらで一度、発展途上ながら「今の」私が思うことを整理してお伝えしてみようと思います。

もちろん私の話しが全てではないし、これが必ずしも正解という事ではありませんが、

「どうやったら出来ますか?」

「どういう勉強をしましたか?」

みたいなご質問への「私なりの答え」にはなるかなって思います。

私はアニマルコミュニケーションというものを、よくあるマスコミなんかでその上辺だけが取り上げられがちな、人が喜ぶ単なる感動ストーリーのためだけの手法とは考えていません。

例えば、人間都合で言われる「ペットの問題行動」ですが、それらのある程度は「しつけ」「訓練」などで『矯正』は出来ます。

実際に私は「こういう行動は問題行動だから、そうさせないための訓練方法」とした色々を勉強してきました(ドッグトレーナーの有資格者です)。

でも、「なんか違う」ってずっと思っていたんです。

それは単に私にとって「なんか違う」というだけの事なので、多くのそういう場所への意見ではないことだけご理解頂きたいのですが、そんなある時、それら問題行動について「彼らが何故そうしてしまうのか」その声を聞いて、そこからその解決策を「一緒に考えられる」手法があることを知りました。

それが「アニマルコミュニケーション」と呼ばれるものでした。

ちょっと調べてみたら、「動物たちの声を聞く」のは、限られた特別な人にしか出来ない事ではないということが分かりました。

誰でもが持っているけれど、多くの人が忘れてしまっている「意識の力」みたいなものを訓練によってまた使えるようにするだけだと。

実際にその勉強や訓練をしているうちに、「動物たちの声を聞けるようになること」と「アニマルコミュニケーターのプロ(専門職)になれること」は全く別の話しだと分かりました。

今日はそんな感じのお話しです。

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動物たちの声が聞けたらアニマルコミュニケーションなのかって言われたら「そうじゃない」んだなぁ、これが

目に見えない世界のお話しですし、「信じられない」「信じてない」と言う意見があってもそれはそれで良いんです。

それはもう人それぞれの意見、考え方、価値観ですから、それで良いのです。

ただ、こういうお話しをすると必ず、人となりからその全てを胡散臭いものとして否定しなければ気が済まない人が出てきたりするので、最初に言っておきます。

アタチはなこ
私は胡散臭さ満載の人間です!!

なので、私の話しは胡散臭いと思ってもらって大丈夫です。

ここでは、私を信じてくれとかそんな事は言わないし、むしろ「信じてない」「信じられない」と言うあなたを私は「それで良いと思います」って言いますから。

しかしながら、アニマルコミュニケーション自体を「胡散臭い」と言うのはちょっと待って欲しいんです。

そういうのは、少しだけアニマルコミュニケーションについて勉強をしてみてからにして頂けたらなと思うのですけど、その勉強というのはですね…

アニマルコミュニケーション「について」をまず知って欲しい

「どうやったら出来るようになるんですか?」って、すごくよく聞かれるんですけど、これ、ストレートにそのまま言うと「耳からでは聞こえない声を聞く、目では見えないものを見る、そういう練習をします」なんですけれど、これで分かりますか…ね?

多分、「いや、だから、それをどうやるのかを教えなさいよ」ってなるのだとは思うのですけど、「それをあなた自身が自分はどうしたらそれができるようになるのか、自分のやり方を見つけること」をまず勉強する事からなのですよ。

…って、私は思っています。

先ほども言いましたが、いかんせん「目に見えない世界の事」です。

色んなやり方、考え方があるので、『「自分に合う」を見つけられるやり方に導いてくれる先生』をまず探すのが一番早いと思います。

この表現、少しでも学ぼうとしたことがある人以外にはまったくチンプンカンプンかとは思うのですが、こればっかりはそういうことなんです。

  • 胡散臭い
  • 私にはできない
  • 信じられない

か、どうかを知るためにも、まずはさわりだけでも勉強して頂きたいのです。

「胡散臭い」について

もちろん、ご本人の元々の性格や考え方によって、「そういう世界」が丸ごとそうだと思われている場合もあるかとは思うのですけど、少なからず私も一応「こちら側」として勉強をする立場になって、ちょこちょこっと「胡散臭いなぁ」に遭遇してきました。

だから、「どうにも信用できない」については

アタチはなこ
こっち側にも原因あるんじゃね?

って、思っていたりはするのです。

例えばそれは、アニマルコミュニケーション「について」を学ぶことにおいての中にある、その「基礎を学ぶ」が抜けていると、こういう事になります。

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藁にも縋る思いで決して安くはないお金を払って聞かせてもらった我が子の言葉がそんなんじゃ、私だったら「アニマルコミュニケーションなんて胡散臭いものは絶対に信じない」って一生言い続けます。

たった一度、不運にも最初に出会ったアニマルコミュニケーションの世界がその胡散臭いそれであったらきっと、それがその全てだと思い込むのは当然の事で…その評価は一生変わる事はありません。

だって、私ならきっと「二度目」なんて無いですもん。

悲しいかなそういう…胡散臭いコミュニケーターがいちゃっているという事実を知ったのは、私がアニマルコミュニケーションについて勉強をしているそのさ中での事でした。

だからこそ、そうじゃない人もいるって「知るきっかけ」を、あなたにも持って欲しいなって思うんです。

「私にはできない」について

何をもって「できる」「できない」とそれぞれが定めているのかが分からないので、それについては何とも言えないのですが、最初から言っているように「声を聞くだけ」なら誰でもその器官を体内に持ってはいます。

「チャクラ」って、これまた勉強しないとよく分からない話しにはなりますが、最終的には体内にある「松果体」と呼ばれている器官の活性化までが出来るようになったら一人前…って事で良いのかなって思います。(実はその辺の事は私自身がよく分かっていません)

ただし、その松果体によるその機能

現代社会で普通に暮らしていたら退化している部分だそうで、医学的にも「16歳を過ぎた頃から、松果体にはカルシウムやマグネシウムが盛んに沈着するようになり、やがて石灰化して、X線撮影をすると骨と同じように容易に見えるようになる。」とか言われています。

この部分を「どう捉えるのか」も、その先生によって違いますので、ご自身にピタリとハマる先生に出会うまで頑張って欲しいと思うのです。

「信じられない」について

これはもう、「それならそれで」って事で、私からお話しできる事はありません。

あ、ただですね

すごく分かりやすい(かどうかは分かりませんが)アニマルコミュニケーションを知るきっかけになった方が多いんじゃないかとされる「ハイジ」さん

あの番組に対して「芝居がかっていて嘘くさい」というような書き込みをあの当時によく目にしたので、あれについてちょこっとだけ言わせて頂きますと、

アタチはなこ
それが「テレビ」というものなのですから野暮は言いなさんな!

です。

ハイジさんはすごいアニマルコミュニケーターさんですよ、きっと。

ただ、冒頭で述べたように「その上辺だけが取り上げられがちな人が喜ぶ単なる感動ストーリー」に「番組」としてそう作っているから「作られた」ように見えるのは当たり前の事なんです。

過剰な効果音をつけたり、変な風に引っ張ったり、もちろん「欲しい絵」をストーリーに合わせて切ったり貼ったりもしていると思います。

だから、なんか「嘘っぽく見えてしまう」のは仕方ないかなって私なんかは思います。

アニマルコミュニケーションって、思われているより本当はずっと「地味」なんです。

もちろん、万人が対象のテレビ受けバッチリな感動エピソードに繋がる事はありますが、いつもいつもそうでは無いから、そういう「演出」が必要だったりするかなって…

私が思うアニマルコミュニケーションとは

ここからは「私は」のお話しをします。

これについてはもう色んな方がおられるので、ご自身が目指す理想のコミュニケーター像が具体的に定まっている方は読み飛ばして下さい。

私が思う、私が目指したいアニマルコミュニケーションは「気づき」です。

冒頭で言ったように、人間からしたら「なぜ?」でしかない、その行動の彼らなりの理由を聞きだせるコミュニケーターが私の理想なのです。

そこには必ず理由があって、それに気付き拾い上げるのがコミュニケーターの役目、そしてそれをちゃんとお伝えする(できる)のがコミュニケーターの仕事、って私は考えています。

ここに、まさしく私が思う「アニマルコミュニケーションの真骨頂!!」の一例をお借りしてきました。

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一見すると「問題行動」とされるその行動、ちゃんとお話しを聞いたら、それは少しも問題行動なんかではなくて、そうする理由がちゃんとあって、解決策もちゃんと見つけられるって…もう!素敵!!

このお話しを読んだ時に私は「これよ!これ!これ!」って小躍りする勢いでした。

「猫だからこう」「フェレットだからこう」

「これは問題行動」「問題行動にはこう」

ではなく、一人(一匹)ずつにちゃんと向き合って「話を聞く」「解決に導く」って、こんな素晴らしい橋渡し役が私にも出来たら最高!…なんですけどね、残念ながら実力が足りません(笑)

「気づき」「意味」とは

ここまでに「必ず意味がある」「必ず理由がある」と書いてきているそれ、それってば、何も「会話の中にある」ばかりではないのです。

そのセッションを受けようと思ったきっかけ、タイミング、そういう「全て」に「意味がある」って、ちょっとこちらを読んで頂けますか?

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この時の私は、アニマルコミュニケーションというものに勝手に特別な思い入れを持って頭でっかちになっていました。

「この行動には何か特別な意味がある」って変にキラキラを期待をしていたのです。

が、それを「そうじゃないんだよ」って、「そのまま突っ走っていってはダメだよ」っていうのをまさにそのタイミングで気付かせてくれたってそこに「意味がある」と思っていますって事なのですけど…

私はそれをアニマルコミュニケーションとは言わない

何だかとても回りくどくなってきたので、ここらで、そのものズバリをぶっちゃけちゃいますと、最近また「それってアニマルコミュニケーションとは言わなくない?」って言いたくなるようなお話しを聞く回数が増えたんです。

最初の方でも書きましたけど「動物たちの声を聞けるようになること」と、「アニマルコミュニケーターのプロ(専門職)になれること」とは全く別のお話しなのですよ。

こんな言い方はあれですが、「ちょっとお話しを聞かせてもらう程度」の事でよければ、私も多少は出来ます。

だって、お金も時間もそれなりに費やしてきていますから。

私と同じくらい費やせば、私程度の事くらいまでならきっと誰でもが出来るようにはなるかとは思いますけど、それはアニマルコミュニケーションではありません

今までは、そんな事さえ分かっていないから簡単に自分はアニマルコミュニケーションができますとか言えてしまうんだろうなぁと冷ややかに見ていたのですが、最近ちょっと多すぎるんです。

その度に「あーあ、またアニマルコミュニケーションが胡散臭いものだと思われるようなきっかけを作る自称プロが出てきてたのか」ってモヤモヤしたりして…

勉強不足なんじゃないかなって「分かる」ようになったのは私がそれを勉強してるから

「こうやって言ってましたよ」だけでは用が足らないのはもちろんの事なのですが、それよりも何よりも私が一番ダメだと思っているのは、リーディング結果に「自分の見解」を入れて「話しを作って」しまう事です。

それってば「私はできるんです」って過剰にキラキラドヤってるコミュニケーターさんに多いって昔は思っていましたけど、自分もそちら側として勉強しているうちに、必ずしもそうやって意図して作り込んでいるばかりの話しではなく、受け取ったそれと自身の想像(妄想)との区別がついていないんじゃないかって、それが分かるようになりました。

意図してそうしている方は別として、区別がついていない場合のそれはもう単純に、訓練不足か「そういう事を習っていないから」ってだけです。

「だけです」ったってそれで「プロ」を名乗ってしまうのはどうなんですかね?って話なんですけど、まぁ、「初めはみんな初心者です!やってるうちにどんどん本物になっていくから大丈夫!」みたいな職業もそれはあるかとも思いますけど、ACのように目には見えない実態のないものでお金を頂く職業でそれはやっちゃダメなんじゃないかって私はすごく思うのですよ。

勉強中から「気づき」に気付く

受け取ったものと妄想との区別の付け方は、それなりにきちんとした先生からきちんと教わるのが一番早いです。

これは、私自身が色んな「先生と呼ばれる」方の所で勉強させてもらってきているから分かる事なのですが、そういう事が適当な「先生」もいました。

し、いくらやっても区別がつけられない生徒に対しては「だったらこういうやり方をしてみて」といくつもいくつも、その生徒がその感覚を掴めるようになるまで、別のやり方を次々に提案してくれる先生もいました。

この辺りの事が上でも述べた「それをあなた自身が自分はどうしたらそれができるようになるのか、自分のやり方を見つけることがその勉強なんです」の詳細になるのですが、まあ、こればっかりは色んな先生を見てみないと分からない事ですし、もしかしたら私にはそう見えただけなのかもしれないし、相性なんかもあると思います。

だから今ここでどこの先生がどうだったみたいなお話しは出来ないのですが、ここまででお分かり頂けるように「きちんとした学びの場所」はやっぱりそれなりに授業料は高額ですし「やる事(学ぶ過程)」も多いです。

そういうきちんとした学びの場所では「プロ(お金をもらうよう)になってから勉強すれば良い」だなんて事は絶対に言わないですし、なんなら、100例近くをお金を払って(学費ですけど)練習するんですよ。

「講師の方たちと雑談してたら私も出来るようになってました」みたいなお話しをお見かけしましたが、そういう方はとても稀だと思います。

その方が特別だっただけで、あまり「皆さん誰でも」の参考にはならないと思います。

なぜならですね、

私がその学びの場所で知り合った「もとから自分にはそういう素質があったっぽいから一層のこときちんとアニマルコミュニケーションの勉強をしようと思ってここに来ました」と言っていた方は、学んでいく中で「自分は人と話すのが苦手だと分かった。自分の課題はここにはない事に気が付いた」として、別の道へ歩んで行きました。

そこへ並べて話すのは大変におこがましいのですが、私も学んでいく中で「自分はプロにはなれない」と気付きました。

私が思う「アニマルコミュニケーション」は「気づき」って、そういう事を全部ひっくるめての「そう思っています」なのですよ。

いつもいつもお名前を出させてもらって申し訳ないのですが、先ほども記事を紹介させて頂いたキキのテーブルの前田理子さんは、「出会った猫たちに導かれるようにして」と、コミュニケーターになられた経緯を書かれています。

この「導かれるようにして」を、「ふわふわぁっとそうなった」みたいに解釈される方もおられるかとは思いますが、私は、そのお話しを伺った時『導かれている事に「気づきがあったから」だ』と、そう受け取りました。

あくまでも「私は」の話しですけどね…

結局、今日このお話しで何がお伝えしたいかと言いますとですね…

まとめ

これから、アニマルコミュニケーションを受けてみようかなと思われてる方にも、アニマルコミュニケーションをお勉強してみようかなと思われている方にも、

「胡散臭い話は確かにあります。それは否定できません。でも、もし、それが一度目だった場合には、あと一度、もう一度だけ、ちゃんと知ってみようと思う機会を持ってみて欲しい」って…あれ?長々と書きすぎて何を言おうとして書き出したのか、最初の意気込みが分からなくなってしまいました。

過去記事を振り返ってみたら、今日の内容を「もっと具体的に」お話しさせてもらってる回とかもあったりして…

まとめ…?
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私、多分「なんか胡散臭い」みたいな話がすごく嫌いなんだと思います。

だから、そういう話を聞くたびに我慢ができなくなるその度にきっとまた何度も何度も何度でもこうして言わずにはいられないんだろうなって思います。

良かったら、その都度お付き合い下さい…?(笑)

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